2015年3月29日日曜日

太鼓選びは“サイズ”選び。自分に合った太鼓を選べたらいいのにね!

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


今日は予定通りのつめたいあめ(>_<)

こんな雨の中ではありますが、
本日は第9回桜まつり太鼓フェスティバル開催しております(^^)/


みなさん、雨対策とさむいですから
風邪をひかれない防寒対策しておでかけくださいませ^^;



さて、これからあたたかくなり
益々太鼓はお祭り&イベントシーズに突入ですね!


みなさん、演奏するときご自身の太鼓って
どうやって選んで使われますか?


太鼓の場合は右から左にと数がたくさん持てるわけでもないし
限られた中でやらなければならない状況の方が
圧倒的に多いかもしれないので、その点は非常に難しいのですが


自分が演奏する目の前の太鼓、

これをきちんと選べるかどうかで演奏のパフォーマンスは格段にあがります。


たくさん選ぶポイントはありますが
今回は“サイズ”にピックアップしてお伝えしますね^^


例えば、自転車。




みなさん、自転車選ぶときって
どうやって選びますか??


自分の身長に合っているか、

足はちゃんと届くかどうか、


子供が大人用の自転車なんかペダルに届かず
転んでしまうし、


大人が子供用の自転車に乗ることもまた
小さすてまた難しい。


競技用のスピードが出せる自転車にのりたければ
それなりの練習も必要です。



その他まだまだサイズ選びの例。


こちらボーリング。


はい、みなさん一度はやったことありますよね
ボーリング。

私の親父は世代だったらしく
マイボール、マイシューズ^^; 


今でも定期的に通ってますよ親父強いです(笑)



ボーリングも球を選びますよね!


女性、男性、子供それぞれまず重さを選びますよね


また指の穴の位置とか、大きさとか
微妙に違うじゃないですか


指の太い人は少し穴のゆとりの
あるやつ選んだりしますよね。


そして、親父みたいにレベルが上がると
重めの球でもうまくコントロールできるようになります。


やはり、軽い球より重い球のが
当たった時の破壊力が違うので、ストライクも出しやすいですね^^;



まだまだサイズっていったら
日常的にみなさん普通に選んでるはず


着る服だってそうだし、茶碗の大きさだってそうだし・・・


言い出したらきりがないほど
私たちは日常的に自分に合った“サイズ”というのを大切にしています。


それが、当然のように“太鼓”にもあるってことです。




自分の身体、身長やパワー、腕の長さや握力

まずそういうものに合った太鼓を選べるかどうかで


何が変わると思います?



それは、目の前の太鼓が放つ“音”がかわります。



ぶかぶかの洋服着て全力で100メートル走れって
言われても洋服のたるみが邪魔するじゃないですか~


それと同じで自分の身体に合わない太鼓を選んでしまうと
どれだけ頑張っても、やっぱり限界があるんですね。


かんたんにまとめると→


太鼓にも大きさがあります。

ここで言う大きさは太鼓そのものの大きさの事です。

いくら熟練の経験を持っていても
自分の体力、腕の長さ、身長に合わなければ無理がある。

大きすぎてもダメだし、小さすぎてもダメ。



まだまだ、太鼓には
こんなことでは語りきれない

複雑な要素が絡み合っているので
これがすべてという事では決してないですが


まず、ああ太鼓を選ぶにも“サイズ”という
観点が大事なんだという事を知ってもらえたらと思います。



単に大きければ、デカければ、目立てばいい


これは一種のパフォーマンスで
それはそれで太鼓業界的には成立している世界なのかと思いますが


“音”を上手に引き出す、その太鼓の良さを
最大限生かすには、自分と太鼓、それにあったバチ!


すべては“サイズ”を知ることが
大切です。


この太鼓をどうしても叩けるようになりたいと
体力を鍛えるのも、もちろんOK!


いろんなことを経験しないと
すぐには“サイズ”も見えてこないかもしれませんが


自分に合った太鼓ほど
大きなチカラを与えてくれるものはありません。





2015年3月27日金曜日

ゴールが見えているからがんばれる。そしていつか一輪車に乗れるようになるんだ!

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


答えを導き出すために、幾度となくの挑戦を繰り返し


その時その時、正解を目指す。


これが正解だな!

と、そう確信していたことも月日、経験と感覚が変われば

また自分の考えも変化して行く。



そう、答えは無限に在るのかもしれないですね。


まぁーとにかくいろんな事をやってきました^^;



胴の材質を変えてみたり、

胴の高さ、皮の縫う幅を数センチ単位で変えてみたり・・・



私の目指す先は自分の中にある“活きた音”というゴール。


これは、自分の中に確かにある感覚ですが、

それをクリアする為にはどうすることが一番良いのか?


こればかりは“やってみないと分からない”


なのです^^;



だから、いろんなことをとにかくやってみる!



そうすると、右に行きすぎた~

今度は左に傾いた~とか、だんだん一番よいバランス点が


どのあたりに在るのかという事が
理解できるようになるんですね。



はじめて自転車に乗れるようになる感覚に近いのかも。


子供の頃、自転車に乗れるようになりたい!


そう思ってみんな転んでは起き、ケガをして泣いては
立ち上がりがんばりますよね!


それってどうしてがんばれるか分かります?


すでに自転車に乗っている人を見てるからです。


そう目指す“ゴール”が見えているから頑張れる!



これと似たような感覚です。



私にとって“活きた音”というのは明確に見ているゴールです。



だから転んでは起き、擦りむいては立ち上がるを
繰り返していつか上手に乗りこなすようになりたいな~って

思ってがんばってます^^;



そして、子供用の自転車に乗れるようになったら

次は、ギアチェンジのついた自転車が欲しくなり


マウンテンバイクやロードバイクに乗れるようになりたいな~

たまにはママチャリにのってみたり^^;



そうやって自分の中の好奇心、探究心は忘れず
突き進んだらいつのまにか一輪車に乗れるようになっているかもですね(^^)/















雨でもやりますよ^^;明日明後日は岡崎公園能楽堂へGO!

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


明日、あさっては岡崎公園能楽堂にて
2日間イベントがあります!

いずれも無料ですよ^^;


明日は、親父&息子たちのチーム“楽風打”さんの
若手企画イベント!

打楽Together

13:00~16:00まで岡崎公園能楽堂にて!



明日は、天気よさそうだ^^;


けども!!!!!


日曜日はザーーザーーー雨か(泣)



ま、一年前から雨だとわかっていたさ(笑)


去年も大雨だったなーーーーーーーーー



雨天中止はありません。

雨でもよっぽどやります(>_<)



テーールテル坊主テル坊主ヽ(^o^)丿

土日を天気にしーておーくれ!





2015年3月26日木曜日

音を感じる面白い練習やってみました^^;そっと目を閉じて、心の瞳を開く。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


桜のつぼみも膨らみ、いよいよ
開花でしょうか

今週末は岡崎桜まつり太鼓フェスティバル!

今年は34チームが出演します(^^)/
みなさん岡崎公園の桜を楽しみながらぜひ遊びに来てください!

私たち零~ZERO~は17:54からですよ(^^)




さて、春は一年の中でも何かと“季節”の変化を感じられる事が多い
時期ですよね(^^)/


学校や仕事も卒業、進級とあらたなスタートだし
自然や気候もあたたかい春へと芽吹いていきます


前にも書いたかもしれませんが、
最近とても“感動”することが多いんです


単に歳をとったからということでしょうか(笑)



確かに“感動”とは“感じとるチカラ”ですので

歳を重ねるごとにそういう感覚が深まるのも事実ですね。



感じるチカラっていうのは“知識”や“知性”ではなく
“感性”だと私は思っています。


ものごとの本質、大切な事をその人に伝えよう!
伝えたい!

そう思っても相手にそれを受け止める感覚がなければ
いくら想いが強くても一方通行の片思いなのかもしれないですね。


私は、少し普通の人と違った仕事や環境を与ええていただけた
お陰で“知性”より“感性”の人間だと自覚しています。

逆に知性は弱いです(笑)



伝統に触れ、自然に触れ、音に触れ、魂に触れる。



“伝統”とは先人たちの知恵の結晶です。

“自然”とはゆるぐことのない事実。

“音”とは意志。

そしてどんなモノにも“魂”が宿ります。



こうした環境に自らの心の扉を開くことで
不思議とつながる世界があるんです。


感動とは心が動く瞬間ですが、

残念ながら“知識”や頭だけでいくら考えていても
感じるためには頭の思考ではなく心の扉を開く必要があります。


感性とは個性ともつながります。


個性を否定され、平均値を求められる
現代の日本の風習だと、感性を養う時間がなくなってきてしまっているのかもしれない。


感じるためにはそっと目を閉じて、
そして心の瞳を開いてみてください。


風の音、虫の声、花の香り、大地の声・・・

とその先に新しい何かがみつかるかも(^^)/



そんな事考えて、ちょっと零~ZERO~メンバーに
面白い練習実験をしてみました^^;




担ぎ桶を担いで円をつくる。


そして、その円の中心に一人だけ太鼓を叩かず
その音だけを感じるために座らせる


そして、目を閉じ下を向く。



あとは、叩き手が時計回りに順番に
一人ずつリズムを叩いていく。


目を閉じて座りながら
その音が誰のどの太鼓の音なのかという事を


一生懸命感じる。


ただそれだけの練習。



全員叩き終えたら答え合わせ^^;


散々音作りをやってきた
零~ZERO~メンバーですら全問正解できたのは


たった1名だけでした^^;

太鼓は音を届ける、音そのものがメッセージとなる楽器。


だから叩き手はその音を感じ取ることができなければ
横とのつながりもないし、逆に発信することもできない。


目からの情報というのは、単純に音だけを
感じようとするときに邪魔をするので聴き手に
なったひとは必ず“目を閉じる”がポイント^^;



まだまだ環境を作る必要があるんだな~と
あらためて感じた面白い練習。


みなさんもよかったらどんな
太鼓でもできますからやってみてください(^^)/


叩き方の個性、それぞれの太鼓

同じようで一つととして同じ音はないですから!



今日も素敵な一日でありますように(^^)/

2015年3月24日火曜日

“求め求められる”より“与え与えられる”

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


先日、宇宙に行ってきました^^;


はい、プラネタリウムですけどね(笑)



子供の頃なんとなく行った記憶がありますが
それも覚えてないくらいの記憶。


あらためてこの歳になっていくと
いろんなこと感じたな~


“宇宙”はなんて果てしなく永遠なんだろう。



考えれば考えるほど、深すぎて
“自分の存在”すら何なのかよく分からんくなるよね(笑)


それが面白い^^;


考えたって結局答えなんてわかんないけど、

そんな答えすらない世界に生かされているんだと思うと


やっぱり面白い^^;



子供の頃って“与えてもらう”ことが
多かった気がする。


家族から、先生から、大人から、自然から・・・



今、自分が大人になって
それが逆の立場になる。



目の前にある人たちに、家族に、子供たちに
与える側の立場になる。



そうすると不思議な事が起こりだす。



与えてもらっていた時より
たくさんのエネルギーを逆に与えてもらえる。



こんなエネルギー感じたことないくらいの大きなエネルギー。



この世にはたくさんの“欲”や“モノ”があるけれど
人が“人や自然に与え合うチカラ”エネルギーほど


大きなモノってあるんだろうか。


“求め求められる”ではなく“与え与えられる”


求める、求められることも決して悪い事では
もちろんないけれど、与え与えられる感情はもっともっと純粋でピュアな
感じがするな~



“与え与えられる”は姿カタチではない、ただそこに確かに在る大きな存在。


これが“愛”ということなのかな^^;


今日もみなさんにとって素敵な一日でありますように^^


2015年3月21日土曜日

その貫禄、年輪のごとく。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


今日は吉良町荻原という地域から
地元祭礼で使われている古い大太鼓が

張り替え修理のために当店にやってきました^^


まずは、言葉はいらぬこの“貫禄”をごらんあれ。

2尺8寸のケヤキくり貫き大太鼓。



実際に触れずとも、この“存在感”と“貫禄”すごいです。


このオーラはいったい、どこからやってくるのか・・・



推定樹齢300年から400年。



まさに年輪のごとく重ねられたその命の貫禄です。




人間も自然も同じですね。



年輪のごとく一つ一つ刻まれたその“歴史の深さ”が
その人、そのモノの風貌にあらわれます。


そういうモノは言葉発せずとも、
その貫禄は伝わります。





修繕といってもここまでくると、
正直私たちはやることはありません。


すべての答えはこの太鼓が持ってますから。


逆に教えてもらうばかり・・・



ああ、いつかこんな太鼓のような
深い年輪を刻む人間にれるかな^^;





2015年3月20日金曜日

つながりが深くなるとパワーは倍増するよね~!

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


雨上がりの金曜日。


今日はお天気になるかな~



さて、みなさん太鼓に唄口“うたくち”と
呼ばれる“音”を作る上でとても大事な場所があること

ご存知でしょうか??


太鼓の唄口



唄口とは太鼓の皮を張る際に
皮と胴が触れる場所の事をいいます。


笛なんかでも口を当てて吹く穴の事を
同じく唄口と呼びますね~


まさに“音”を作る上でとても大事な部分。



私の感覚で言うとこの“唄口”は音を作るではなく

“音をつなげる”場所。


笛の唄口は、人の口と笛とをつないでくれるところ。


太鼓の唄口は、太鼓の皮と胴をつないでくれるところ。


そして、

このつながりが深くなればなるほど、
楽器としてのパワーが膨らむんですよ!



不思議ですね~



何でも一緒ですね。



関係性の深い関係のモノ同志って
やっぱり関係の薄いモノ同志よりパワーがありませんか?


・あかの他人より家族を守る力。

・あかの他人より普段から共にするチームのチカラ。



関係性が深くなればなるほど
人もモノもそのパワーが強くなります。


その事に気付いてからは、
太鼓作りですべての工程がもちろん大切ですが


この唄口を作る事に対して
とても神経を集中させて作業するようになりました。


ただキレイに仕上げるわけではなく、
ちゃんと“つながり”を持てるよう優しく接して上げるのが


私のモットーです。







2015年3月19日木曜日

生まれたとき誰しもみんな魂は美しいんだ!

こんにちは、六代目彌市です(^^)


今朝も悲しく悲惨なニュース。


いつの時代も同じ過ちを繰り返す。
なぜだろうか。



人は人を殺めるために
この世に生を授かるのでしょうか・・・



私は、どんなに悪人と言われる人であっても
誕生したときは決してそうではなかったはずだと思います。



みんな“純粋”でピュアな魂をもって生まれてきているはず。



何が原因で、何をキッカケに

その純粋な道がそれてしまうのかは分からないけど


それぞれの心に闇が宿ってしまうのが
原因なのでしょうか。



人の心は複雑です。



たまたまそんな事思いながら
YoutubeでCHAGE and ASKAの動画を発見。


ASKAさんの歌声はこれほどまでに
ピュアで美しい魂を宿した声。


そんな素晴らしい人ですら
自らをコントロールできないほど病んでしまう事があるという事実。


やっぱり人の心は複雑です。


でもこの歌声は本当にすばらしい。


幾多の人々がこの声に心癒され
救われたのか、その事実を伝えたいですね。




CHAGE and ASKA
めぐり逢い>>>



“昔のモノと今のモノ”そこには大きな違いがあった!

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


よく、昔はよかったのにな~とか

昔のモノは優れていた!


っていう言葉よく耳にしませんか?



私のような伝統の世界にいると、
太鼓になるものすべてに昔ながらの手仕事を
必要とする場面が多々あるんです。


例えば、
胴や皮を削る“カンナ”の刃だったり、


締太鼓を縫う“麻糸”
麻は繊維の状態から仕入れ糸により合わせ使います。
何十年たっても切れにくく、伸びなくて丈夫です。

麻繊維

繊維から糸をよる




太鼓の皮を縫う際につかう“針”

これも針を手作りしてくれていた
会社があったのですが、現在はなくなってしまいました。


昔の手仕事針は丈夫で長持ち
そして何より切れ味がすぐれています。




こういうモノって私たちの仕事が特別だから
ある事では決してないですね。


みなさんの周り、日常にもありふれていませんか??


ん~たとえば女性なら
台所に立つ機会が多いと思いますが


台所で使う製品だってそういうものないでしょうか・・・


お鍋だったり、食器だったり・・・


漆の食器は抗菌作用に優れていると言われ
衛生的な管理がむつかしい昔の時代でも
そのチカラが役立っていたと言われます。

曲げワッパやすし桶なんかも同じく
衛星面や保管に優れたモノですね。

今なおお酒や味噌醤油を仕込む際にも
この桶はかかすことができません。




何が言いたいかと言うと

昔のモノは良かったよかったとよく言いますが


じゃあ現代のものと一体何が違うかわかりますか?
比較したら分かりやすいです

以下


<昔のモノ>
・漆の器
・銅製の鍋
・木の桶
・麻の糸


<現代のモノ>
・iphone
・ハイブリッド車
・パソコンテレビほか家電製品
などなど



さて、みなさんいかがでしょうか


この2つのモノの違いは
どこにあるかわかりますか?


それは、昔のモノは“自然”を活かし
そこから人間が工夫をして加工しできた製品です。



そして、現代のモノは自然ではなく“人間”が生み出したモノです。



“宇宙自然が生み出したものは永続的で、
人間が作り出したものは持続しない”



これは私の今感じている事です。



今更いう事もないほど当たり前の事です。


だって、宇宙自然というのは何十億年も前から
永続的に存在している大きなエネルギーです。


Iphoneやハイブリッド車、

アップルやTOYOTAという
世界的な大企業、たくさんの資産と技術力


今や世界一と言われるモノであったも
たかだか10数年で壊れてしまう。


この違いがわかりますか?



そして、宇宙自然の大きなエネルギーを我々現代人は
“驚異”と捉え寄り添うどころか“破壊”しようとする。


驚異→破壊→さらに驚異が増す→破壊

この負の連鎖です。



私たち人間も宇宙自然の一部と考えれば


私たちの宇宙、私たちの地球、私たちの自然ではなく

宇宙の中の私たち、地球の中の人類、自然に生かされる私たち。



そういう視点にならないでしょうか。



宇宙自然と寄り添い生きる事が出来れば
その“驚異”は“好意”にかわると私は思います。


自然と寄り添う心があれば、
その永続的かつ莫大な自然エネルギーを
私たち人間は最大限活用できるんです。


TVなどで日々騒がられている
原子力やその他今さまざまな問題となっている
事のすべてに共通していることなのではないか?


と私は思います。




“昔のモノは良かった”



それは、ある意味人類の科学が
未発達であったことが幸いし


天然、自然の大きなチカラを
最大限活用し共存し生きていたから。


自然の大きなチカラを活用する
方法を知っていたから“永続的で良いモノ”となる。


当たり前の事です。


太鼓なんて500年たっても現役という
モノだってあります。


200年300年現役はゴロゴロしています。


それは天然自然のチカラを
最大限活用しているからその“モノ”にその“音”に
莫大なエネルギーが宿っているんです。



“自然の摂理”とは、

自然の持っている逆らえない法則の事をいいます。



逆らえない法則とは何も難しい事ではなく
その法則があると理解し、寄り添い活用できれば


きっとすばらしい世界がもっと広がると
思います。


そして、
“人と自然”も“人と人”との関わりも
同じです。


“驚異”ではなく“好意”をもち
寄り添い愛し合えば“愛に満ちた平和な世の中”になると


信じたいですね。



今日もみなさんの周りが
愛に満ちた世界になることを祈っています(^^)/








2015年3月17日火曜日

生きているのではなく、生かされている。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


今朝は、尊敬する先生から
有難いお言葉をいただきこころに響いたので紹介させていただきます。



【生きているのではなく、生かされている】



なるほど。

あらためてその真意を考えてみる。



私たち人間は、生きているだけで有難い。


奇跡だ。


だって、生きているということは、
自分で生きているようで実は心臓も血液も
脳みそも呼吸も、自分の意志とは関係なく働いてくれる。


だとすると、“生きている”ということではなく
“生かされている”のではと感じる。


では、何のために生かされているのでしょうか?


それは、きっとあなたにはあなたにしかできない
大切な“役割”を果たすためにこの世に誕生したんだと思っています。


だから、あなたは“生きている”たったそれだけで
大きな“価値”を与えているんです。


人を憎んだり、いがみ合ったり、殺しあったり、恨んだり・・・・


そんな事をするためにこの世に誕生したのでしょうか・・・




“生きている”という価値は奇跡そのもの。


奇跡のような毎日にただただ感謝することができれば
人はもっともっと豊かに生きられる。


そんな気がしました。



先日、ご主人が発作で倒れられ
救急搬送された知人の方が、無事に回復されたとき


出会った“ありがとうの反対語”という
動画を拝見し共感しましたのでこちらもシェアさせていただきます^^


奇跡の毎日にただただ有難う。


今日もみなさんの周りが笑顔であふれることを祈っています。


2015年3月16日月曜日

感動とは心が動く瞬間。ひとはどういう時に心が動くのか

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


みなさん、感動することってよくありますか??


ここのところ私、毎日のように“感動”してます(^^)



そこで改めて考えてみる。


“感動”ってなんだろう??

“感動”する時ってどんな時だろう??


みなさんどんなとき“感動”を覚えますか?



まず、感動とは“心が動く”瞬間をさしますね。


じゃあどういう時に心が動くのでしょうか


質問ばかり^^;



私は自分が見た、感じた世界に
“共感”や“共鳴”したときに心が動きます。



そしてその“感動”の輪は不思議なことに
そこにとどまることなく広がっていくんですね。


だって、

感動したら人に伝えたくなる

感動したら幸せな気持ちになる

感動したら優しくなれる

感動したら人にも感動を与えたいと思えるようになる。



こうやってどんどん感動の輪が広がっていきます。



現に私はこうして自分が感じた“感動”をみなさんに
伝えたいとブログを書いています。



昨日は知人の太鼓のライブで感動しました。


そして、今日は岡崎の書家
当店の三浦太鼓店、ロゴ店名も書いてくださっている

丹羽先生のご指導されている教室展示会に伺ってきました。


今回のテーマは“私の名前”だそうです



自分の名前、ルーツと向き合い
そこから感じる想いを書としてカタチにする。


どの生徒さんの名前メッセージも
“感動”しっぱなしでしたが

その中でも心に残ったもの
少し紹介させてください。



珠伽(すずか)ちゃん


珠の字はたからだということを知りました。


だから、わたしはみんなのたからもの。


彼女が書いた文字はこちら



つづいて
亜希子さん。


ときに失う希望。

そんなとき自分の名前の真ん中にキラキラ輝く希望をみつけて前を向く。





彼女が書いた文字がこちら





最後はみずきくん。


みずきくんはお母さんのおなかのなかにいたときに
自分でみずきと決めたそうです^^;





そんなみずきという名前は彼自身。




こうしてブログを書きながら再び私感動ウルウル^^;



一人一人の作品、その想いに触れるたび
私の心が共鳴し動き出す。



人がこの世で最初の“感動”は生まれる瞬間かな。


はじめてこの世でお母さんと出会って
心が共鳴し大きな感動がうまれる。


そして最初に与えてもらう大きな“宝物”が私の名前。



そこにはたくさんの想いや愛が詰まっているということを
あらためて教えてもらったすばらしい時間でした^^;


そしてわたしも改めて自分の名前と向き合ってみる。



ありがとう。


2015年3月15日日曜日

バランスが大事というが“バランス”とは何だろな???

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


お陰様で日々あたらしい出会いや創造
ワクワクたのしい時間を過ごさせてもらっています。


でも、そういう時って
ある種“自分”というエネルギーが高まっている状態。


どういう事かと言うと、
意識の中心が自分自身の中にあり


周りを感じる事が弱くなっている。


ふとそんな事を感じました。



よくバランスを大切にって言いますよね。



じゃあそのバランスってなんだろう???




どうしたら上手にそのバランスを保てるのでしょうか・・・・





私が思うに、やっぱり“バランス”は大切だと思う。



でも、その“バランス”の保たれた状態というのが
どういう状態なのか知らなければ
そもそもバランスを保つことなんてできないですよね!


じゃあどうしたらよいかと言うと、


思い切って身体を左に45度傾けてみる。



そうすると必然的にバランスが崩れるから
右に戻ろうとする。


今度は逆に右に45度傾けてみる



そうするとやっぱりそれ以上いくと
倒れちゃうから


今度は左に戻ろうとする。


この右と左のふり幅を知ることが“バランス”何だと思う。



傾きが強くなるときって、
自分の意志が強くなっている時だと思う。



先にも言ったように、
バランスを保つためにはバランスを知ることが大事だから


思いっきり傾けてみる時間も絶対必要。


そして、傾けたことで見えてきた反対側にある世界を感じたら
それに“感謝”する。




左に傾けことはある程度自分のチカラで行けるけれど
それを右に戻すときは自分を支えてくれる周りのチカラを必要とする場合が多い。


いくら自分自身が充実していても
右に戻ることができるのは、周りの環境が引っ張りかえしてくれる
からなんだと、自分の環境に


あらためて“感謝”する。



健康、家族、社会、仕事、自然・・・・



この世はすべて“バランス”を知る事からかな。


2015年3月14日土曜日

心ゆたかに生きるために。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


最近第一線で活躍されている
すばらしい方々との出会いを多く頂きます。


そんな方々には共通するひとつの
心の在り方が私には感じられます。





こう見えても私は悩み症の小心者。


30過ぎても自分で自分を痛めつけるほどの
ストレスをよく抱えていました。


人間て不思議な生き物です。


“心ゆたかに生きる”


誰もが願う当たり前の日々でしょうか・・・




社会では今も様々な問題がおき
日々たくさんの人々が苦しみの中にあるんだと思います。




今の社会が特別な社会だとも思いません。


昔から人類の願いは変わらず愛で満ちた平和な世の中。




これだけ文明や科学が発達しても、
我々人類の願いは未だに満たされない。





“理屈よりも感じる心”

“知識よりも知恵を大切に”



そんなことを教えていただいているよう感じます。



世の為、人のために生きぬく事、

そして“こころ豊かに生きる事”が出来たら
幸せな世界が広がっていくのでしょうか・・・




今日もみなさんの心にほんの少しでも
幸せが訪れることを願っています。






巻き込むし、巻き込まれるタイプです^^;

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


さて、と・・・


今年は三浦太鼓店創業150周年という記念の年、

また親父も還暦を迎える年ということで


何かカタチになることを残したいな~と
考えた末、今回の目玉企画がこちらヽ(^o^)丿


“50キロウォーク”!!



そう、50キロ歩こうじゃないか!

という企画です(笑)



150年続く企業って全国にどのくらいあると思います??


日本には個人事業、中小大企業含め
いわゆる会社というのが300万社以上あるそうです。


その中で150年続いている企業は
約1万社あるそうです。


世界的にみたら150年企業が1万社あるというのは
世界に類をみないほど多いんです。


どれだけ日本の企業が継続かつ革新と躍進を
続けてこられたか、日本人の気質がこの数字からもうかがえますね。


そして、さらに200年企業となると
全国に約3,000社あるそうです。


激動の現代。


つぎの50年もやっぱり同じく“太鼓を作り続けていたい”


そんな切なる想いを胸に次の50年を
一歩ずつという想いを込めて“50キロウォーク”という企画を
思いつきました(^^)/


ルートは、これまた
たまたま今年は徳川家康公顕彰400年という記念の年とかさなり


徳川家康公ゆかりの地、寺院をめぐり
開運、必勝祈願をしながら


三浦太鼓店、初代三浦彌市の出身、ルーツである
豊田市寺部と長興寺を巡る旅。


先日、ためしに自転車でルートを巡ってきたんですが
初代ルーツの長興寺の住所には残念ながら
一面田んぼ畑が広がり足跡はさがすことができませんでした。

長興寺町



出発は、家康公生誕の地岡崎城龍城神社。

龍城神社


旅の安全祈願とお守りをいただき
出発です(^^)/


実は、この企画最初は自分たちだけでやろうと思ってました。


それが、それ一緒に歩きたいという
数名の方のお声をいただいて


それなら公募してみようかと・・・・


現在おかげさまで驚く事に参加者が40名にもなりました(笑)


これまた驚くのが、年齢層意外や意外に
50代以上が圧倒的に多いんです(^^)/

最高75歳の方も参加してくださいますし

遠くは群馬県から!!!!


まぁ驚くばかりで嬉しい悲鳴ですが、

私たちに150年50キロという“ストーリー”が
あるように、


伺っていると参加さしてくださる方々に
それぞれの“ストーリー”があるんですね。不思議と・・・


締切公募は明日まで!

もしご興味ある方みえましたら
開運、必勝祈願しながら50キロ!挑戦してみませんか(^^)


詳細は以下>>>


三浦太鼓店創業150周年記念事業50キロウォーク企画書
~顕彰400年徳川家康公ゆかりの地をめぐり開運祈願~

◆目的  今年で創業150周年を迎える三浦太鼓店。
150年企業は全国に約10,000社あり200年企業は全国に約3,000社。
次の時代を目指すということは、単に長く続けるという事ではなく
激動の時代を創造革新し続けるという精神。
50年先、100年先に受け継がれる企業精神を養いたい。
また今年は徳川家康公顕彰400年。ルートは徳川家康公ゆかりの地を巡り
立志開運、必勝祈願をこの旅のご利益として授かりたいと思っています。

◆会期    平成27412() 雨天の場合は426()に順延
・集合出発 龍城神社
AM530 集合
AM545 ご祈祷
AM600 出発

◆順路  龍城神社(出発)→六所神社→瀧山寺→大樹寺→豊田市長興寺→豊田市寺部→
伊賀八幡宮→八丁味噌→龍城神社(出発)

◆距離  50キロ 徒歩

◆時間  所要時間約13時間

◆参加資格  
体力に自信のある健康な方。
中学生以上~上は制限なし


◆参加記念品 
     参加者の方に参加記念Tシャツをプレゼント
     Tシャツを着て一緒に歩きましょう!

◆応募方法
     参加希望の方は①住所②氏名③お電話番号④年齢⑤Tシャツサイズを明記し
     FAXまたはメールにてご連絡ください。
     FAX:(0564)21-2271  メール:info@taikoya.net
          応募締切 315()







2015年3月12日木曜日

“原点に帰りたければ原点を作れ”

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


昨日は3月11日。


月日が経つのは早いけれど、
時が経つほどに改めて知ることも増え

悲しみが消えることはありません。


みなさんがそれぞれの立場で一生懸命支えあっている姿に
こころ打たれ自分の出来ることを自分の出来る立場で・・・

あらためて心からのご冥福をお祈りさせていただきます



さて、よく“原点回帰”という言葉を耳にします。


読んで字のごとく、ものごとの原点に帰る。


と、言う意味ですね。


先日、平成二十三年に製作した当店オリジナルの大太鼓
三六-SABUROKU-がメンテナンスの為私の所へ帰ってきたんです^^


納めた太鼓に再び会えることはうれしいことです(^^)




お陰様で平成19年に第一号を製作して以来、

北は北海道から南は九州、遠くはハワイやデンマークまで送らせていただいた
この太鼓。

今年で全国各地60台以上製作させて
いただきました。


発売のキッカケはめちゃくちゃ単純、

“大太鼓が欲しい!”


そう思ったから^^;


これはお客様のためとか、商売のマーケティングとか
まったく関係なく、とにかく自分のチームで使う
大きな太鼓が欲しかった・・・・

たったそれだけでした。



でも、最初からうまくなんていかなかった。


一番は“音づくり”



大太鼓が欲しいなって思った時、
どういう素材でどんな大きさで、どんなことができる太鼓にしよう・・・


いろいろ考えて試作しました。


だからまずは作ってみない事には
すべてにおいての“判断基準”がなかったんです。


だから、発売以来60数台


実はこの三六-SABUROKU-、
一つとして同じ三六-SABUROKU-はないんです。


皮の作り方、

胴の削り方、

皮と胴のバランスや、

胴の素材、皮の素材などなど・・・・



表面上の見た目はもちろん三六-SABUROKU-ですが


私の中での音作りマイナーチェンジを
ひたすら繰り返してきたんです。



先日、地元岡崎の由緒あるお寺“瀧山寺”にて
この三六-SABUROKU-を使って奉納演奏させていただきました。


瀧山寺にて奉納演奏



ここの演奏で使った三六-SABUROKU-は、

実は初号機、一番最初に私が作った三六-SABUROKU-だったんです。


平成19年からすでに8年。


この8年間いろんなマイナーチェンジを試みてきましたが
今回“原点”となる三六-SABUROKU-と向き合う事で

あらためてこの一号機から感じる事の多さに
とても驚きました。



“原点回帰”



“原点”に帰りたければ“原点”を作らなければならない。


私はそう思います。



“原点”とは第一歩。


“原点”があるからこそ、

次にどうしたいのか、次はどうあるべきか、

そしてその先どこへ向かい、何を忘れてはいけないのか・・・


そういう事が自分自身で理解できるのではないでしょうか。




どの時代もその時の自分自身の経験や感覚をフルに
使って正解を目指すんです。


たまたまうまく行くときもあれば、
たまたまうまくいかないときもある。


一号機作った時なんて、言ってみたら経験値は“0”ゼロ

だから比較なんてしようがない。


“原点”が作れたことで、紆余曲折あれど
判断の基準となる帰る場所ができました。


常に最高の活きた音をつくり
そして、多くの人にその音を通して幸せを届けたい。


これが私のたった一つの願いです。



メンテナンスを終えた三六-SABUROKU-






2015年3月9日月曜日

そうだ!京都へ行こう^ ^

こんにちは、六代目彌市です^ ^

瀧山寺悠久の五節句、
上巳の節句を終え・・・

その余韻に浸る間も無く京都入り。

今回は、伝統工芸の世界で
話題をさらう和傘では日吉屋さんと
茶筒の開化堂さん二軒の老舗企業へ
視察に伺いました。

和傘日吉屋さん西堀社長

茶筒の開化堂さん




いずれの会社も100年を越す
老舗企業。

ただ、今でこそ注目と世界中から
様々なニーズを集める両社ですが

時代のニーズがあわず
一時は廃業寸前だったそうです。

それが今や世界に羽ばたくブランド企業に。

両社、いずれの社長さんも
業種は違えど言っていることや
取り組み、姿勢、情熱は全く同じでした。

伝統工芸とは、言葉だけ聞けば
素晴らしいです。

でも、いくら素晴らしいモノや
素晴らしい技術があっても
そこにニーズがなければ生きていけない。

これが“現実”です。

時代を紐解くと、いつの時代も
先人達は、時代のニーズを作って
きたんです。

だから今なお生かされる“伝統”と
なっている。

伝統工芸品と言うのは何も特別な
モノでも何でもなく、
人々の日常生活に必要不可欠な
日用品なんです。


日吉屋さんは、和傘としては
ニーズが薄れた時代に合わせ
その技術と素材を武器にデザインシェードを手がけ成功されました。

和傘は古い印象でも、明かり業界からしたら斬新だった。

開化堂さんは、本来日本茶だけを
入れる目的から離れ、世界の
紅茶やコーヒーに目を向け発信。

更に今やそれ以外の目的の容器も
手がけているそうです。


現代社会において、人々の日常生活に
“合わない”と言う事実をきちんと
受け止めるだけでなく、

老舗という信頼と技術、強みを活かした革新。

言葉で言うのはメチャクチャ簡単。

でも実際に行動することは
メチャクチャ難しい。

だって、長年その世界にどっぷりだと
時代のニーズを客観視できないから。

社会が言ってました。

もう100年茶筒をつくる為に
チャレンジしているんだ!と。

モノ作りへの情熱とチャレンジする
気合いを十分いただき刺激的な京都から帰ります^ ^

分かるな〜


100年残したい気持ち。

確固たる自信と確信、世の中を
幸せにできる愛がそこには
確かにありました。